映画でも観ようかと、Amazon Prime Videoを探す中、東宝映画『日本誕生』に目をとめた。
1959年(昭和34年)、東宝が1000本製作を記念して製作した、三船敏郎をはじめとする豪華キャストによる古代スペクタクルの大作。
映画の概要は、
景行天皇の御代、武勇に秀でた皇子ヤマトタケルノミコトの波瀾の一代と、弟橘姫(オトタチバナヒメ)との悲恋を中心に、日本の国造り、天の岩戸、大蛇退治、草なぎの剣、火山の爆発など、大スペクタクルが展開するロマン・ファンタジー。
オープニングの日本列島誕生に始まり、八岐大蛇との死闘やラストの転変地異等、技術の限りを尽くした特撮シーン満載で、円谷英二の代表作とも言える1本との触れ込み。
三船敏郎、鶴田浩二、原節子、東野英治郎、杉村春子 … etc.
当時の大スター、後に大御所と呼ばれる名優たちが顔を揃えている。
何はともあれ観てみよう …
何しろ60年以上昔の映画。
論評はともかく、
「黒澤映画」+「ウルトラシリーズ」+α「映画 大魔神」の印象。
「もはや戦後ではない」の言葉が経済白書に書かれたのが1956年。
戦後復興が終わり、高度経済成長へと移行する時代だ。
映画制作費は、2億5千万円。
現在に直すと、20億円以上の巨費が投じられた映画だ。
その製作の背景にあったものを考えざるを得ない。
最も気になったところは、そのタイトル『 日本誕生 』だ。
この映画のタイトルに、” 日本 ”を用いるのか ?
歴史学者 網野善彦氏の著書『 歴史を考えるヒント 』の第1番目に述べられているのが、「日本という国名」である。
網野氏の見解を概説すれば、
・日本の国名が決まった時を、現代の日本人は知らない。
どこの大学の学生に聞いても、紀元前1世紀から19世紀まで散らばっている。
アメリカ人は1776年(独立宣言の年)、中国人は1949年(毛沢東宣言)と即座に答えた。
・日本人のように、国名が誕生した時を明確に答えることができない国民は珍しい。
・「日本という国名」が決まったのは、大方の学者の認めるところは「 浄御原令(きよみはらりょう)」施行の689年。
対外的には、大宝律令制定701年の翌年、中国大陸に到着した粟田真人が、当時の周の皇帝・則天武后に対して、『 日本 』の使いであると述べたのが最初と言われている。
それまで「倭」の使いであると言っていたのが702年に変わった。
この689年の「浄御原令」施行の時が最も可能性が高く、多くの学者が認めている。
まぁこの話は長くなるので、この辺でおしまい。
ところで、ネットで「日本」「建国」と入力して検索すると、「紀元前660年2月11日」が表示される。
この年を起点に、毎年、「 … 今年は建国26◇◇年です」といったものも見られる。
学者気取りの竹田某は、その著書の中で、「 … 千八百年に数百年上乗せした歴史があると考えるのが自然であろう。ならば、我が国の建国はおよそ二千年もしくは、それ以上前と表現しても大きく外れることはない。」と述べている。
古墳時代、或いはそれ以前の弥生時代の日本列島に「国家」が …?
魏志倭人伝、
「 倭人は、帯方郡の東南の大海の中にあり、山や島によって国や村をなしている。もと百余国に分かれていて、漢の時代に朝見してくるものがあり、現在では、魏またはその出先の帯方郡と外交や通行をしているのは三十国である。」の記述は如何に説明するのか …
こうしたことから見ても、『 鰯の頭も信心から 』としか言いようがないが …
まあそれはそれとして、1950年代、東宝は何を意図してこの映画を製作し、『 日本誕生 』のタイトルとしたのか …
そして、日本人は何故、今尚、『 日本 』の建国年を定めることができないのか …
これまた「 和を以て貴しとなす 」ってことか …
色々と考えさせられる映画だ。
<「 ー 西海道 古代史の迷路 ー」はこちら>
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