神宮と神社 / 九重連山を歩く(余話)

< 霧島神宮 / 2024 6月14日 撮影 >
< 霧島神宮 / 2024 6月14日 撮影 >

 

 

筋湯『ホテル大草原』で、一組のご夫婦と知り合いになった。

夕食の席で「山に登られたんですか?」と声をかけられたのがきっかけ。

 

聞けば、名古屋市在住のご夫妻で、ご亭主は、神社・神宮の建築様式が趣味で、車で各地の神社等を巡っているとおっしゃる。

 

” 名古屋から、はるばる九州へ ? ” とお尋ねすると、ご亭主の目が輝いた。

 

日本全国の神社・神宮の数はあまたあるが(約88,000社)、その内、神宮は僅か24社(又は25社)のみ。

 

そこに祀られている神(祭神:さいじん)で分けると、

 

 a. 皇室の祖神を祀る神宮が6社

 b. 歴代天皇を祀る神宮が12社

 c. 皇室に関係の深い祭神を祀る神宮が6社 

 

a. 皇室の祖神を祀る神宮は6社で、

 

 ・ 伊勢神宮 (三重県)

 ・ 伊弉諾神宮(兵庫県)

 ・ 霧島神宮 (鹿児島県)

 ・ 鹿児島神宮(鹿児島県)

 ・ 鵜戸神宮   (宮崎県)

 ・ 英彦山神宮(福岡県)

 

” 皇室の祖神を祀る6社のうち、4社が九州にあるというのはとても興味深い。

このあと、霧島神宮に行こうと思っています ” と。

 

さらに、今年、創建(御鎮座)1300年を迎えた大分県宇佐市の宇佐神宮にも話が及んだ。

 

ふと、古代史研究家の大和岩雄氏がその著書『 秦氏の研究 』の中で指摘した言葉を思い出した。

 

「 現在の霧島市を中心とした地域は、当時、豊前豊後地方にいた朝鮮系渡来人が移住してきた地域で、国分隼人から見える霧島連山の秀麗な山々の姿が、故国(朝鮮半島)の山々を彷彿とさせるものであったろうと推測される。」

 

「彼らは、この霧島連山最高峰の山に、故国への追慕を寄せて、故国の方角を見たことだろうと思います。その最高峰の山に《韓の国》を想起しながら《韓国岳》と表記したのではないかと推測されるのです。」 

 

ああ~いかん、いかん、この手の話、大好き。 

 

 

 

 

筋湯温泉からの帰路、思考回路が一気に拡散し始めた。

 

豊前豊後と言えば『 秦王国 』。

 

渡来系の秦氏 …

 

宇佐神宮は、全国4万4000社といわれる八幡社の総本宮である。

 

その祭祀を取り仕切ったのは宇佐郡辛嶋郷(現在の宇佐市辛島)を本拠地とした辛嶋氏。

 

辛嶋は「韓嶋」とも書き、新羅から移り住んだとされ、秦氏一族といわれる。

 

 

 

その宇佐神宮に、香春岳で産出する銅を宇佐神宮の御神体(銅鏡)として奉納していたことが縁となり、同神宮の御祭神を勧請したことに始まるとされるのが香春神社。

 

延喜式神名帳に記載されている豊前国の神社は六座だが、その半分にあたる三座が香春神社にある。(残る三座はすべて宇佐神宮内)

 

三座は、辛国息長大姫大目神社、忍骨神社、豊比咩神社で、もともと香春三山(一ノ岳・二ノ岳・三ノ岳)の山頂にあった。

 

709年に山頂の三社を現在地に移設したのが、現在の香春神社。

 

香春神社は、古来より宇佐神宮とともに豊前国を代表する大神社だったのである。

 

辛国息長大姫大目神社と忍骨神社に正一位の神階が与えられたのは843年で、これは奈良の大神神社(859年)、石上神宮(868年)、大和神社(897年)が正一位になった年よりはるかに早い。

 

平安時代初期における香春神社の社格は非常に高く、現在豊前国の一宮は、一般的に宇佐神宮とされているが、古い資料の中には香春神社を一宮と記しているものもある。

 

『 秦王国 』か … 

 

 

 

以前、書いたことがある。

 

かつて、職場の同僚に「ハタ」さんという人がいた。

 

対馬宗家の一族だというハタさん、長身で足が長く、肌は少し浅黒い。目が大きくて鼻も高い。かなり濃い顔立ちだった。

 

欧米人とは違うが、確かに、多くの日本人とは異なる容姿だった。

 

 

2019年9月、トランプ大統領は、国際テロ組織アルカイダの指導者だったオサマ・ビンラディン容疑者の息子、ハムザ・ビンラディン容疑者が「米軍の対テロ作戦により、アフガニスタン・パキスタン地域で殺害された」と発表した。

 

その写真を見た時、ハッとした。

 

ハタさんには大変申し訳ないが、若い頃のハタさんの面差しは、ハムザ・ビンラディンにとてもよく似ていた。

 

「秦氏」は、ユダヤ系の渡来人とも言われる。

その末裔が、秦、波田、波多、八田、畑 … etc.

 

ちなみに、かつての同僚S氏の骨相、人相にも異人を感じる。

「新疆ウイグル」の紹介などで見られるトルコ系遊牧民だ。

 

こんなことを書いて、S氏からこっぴどく叱られそうだ。ごめんなさいね。

 

それにしても、やはり豊前豊後の古代史はとても面白い。

またまた、古代史の迷路に迷い込んでしまいそうだ …

 

 

 

「 ハタさんとユダヤ人 / 西海道 古代史の迷路 はこちら>

 

 

「 夷守(ひなもり)と古代史 / 西海道 古代史の迷路 はこちら>

 

 

「 ー 西海道 古代史の迷路 ー」はこちら>

 

 

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コメント: 4
  • #1

    S氏 (火曜日, 15 4月 2025 08:47)

    「東南アジア系」と言われていましたので、逆に大変光栄であります。ちなみに、独特なY氏のルーツも気になるところです。

  • #2

    マイケル・K・橘 (火曜日, 15 4月 2025 10:58)

    Y氏は、魏志倭人伝にも登場する「末慮国」の出身。その理系的明晰さに鑑みると、縄文後期、弥生時代に、朝鮮半島から、最先端の技術を携えて渡ってきたテクノラートの末裔だと思うのです。
    御貴殿との相性の良さも、その点にあるのかもしれません。肥前の古代史、また、紐解いてみます。

  • #3

    Y (火曜日, 15 4月 2025 12:57)

    ありがとうございます。フィリピン周辺発朝鮮経由末慮国着…サケノクラートではないかと存じます

  • #4

    マイケル・K・橘 (火曜日, 15 4月 2025 20:38)

    ” サケノクラート ” → ” 酒の喰~人 ” こりゃ言い得て妙、座布団3枚です !!!