『 地方創生 』とは、
東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的として、2014年(平成26年)9月の第2次安倍改造内閣発足後の記者会見で発表された一連の政策のひとつである。
その詳細について今日は述べないが、ずっと不可解に思ってきたことがある。
それは、『 地方創生 』という言葉自体だ。
発表当時、新明解国語辞典(第6版)には、『 創生 』という言葉は記載されていなかった。
他の国語辞典では、「はじめて生み出すこと」というのが多かった。
だとすれば、言葉だけで解釈すると、『 地方創生 』とは「地方」を「はじめて生み出すこと」となる。
では、「地方」とは ?
新明解国語辞典(第6版)では、
① 人間生活にかかわりのある土地を何らかの基準で区分した、それぞれの地域
② 首都およびそれに準じる大都市以外の土地、いなか.
③ 地方公共団体
ちなみに、「地方」の対義語・反対語は、「中央」あるいは「都市部」だ。
おそらくは、上記②の意味で捉える方が多いと思うが、当然のことながら、「地方」は古来から存在している。
「地方」と「中央・都市部」は不可分、単独では存在し得ない相対的概念だ。
いまさら、「創生」とはどういうことか。
かつて大失敗した「ふるさと創生事業」が思い出される。
余談だが、この「創生」の言葉で題されているのが『 創生記 』。
古代ヘブライ語によって記された、ユダヤ教、キリスト教の聖典とされ、キリスト教の啓典である聖書(旧約聖書)の最初の書、かつ、正典の一つとして扱われている。
『 創世記 』はヘブライ語では冒頭の言葉を取ってבראשית(ベレシート、bereshit)と呼ばれており、これは「はじめに」を意味する。「 起源、誕生、創生、原因、開始、始まり、根源 」の意である。( 出典:ウィキペディア )
いずれにしても、今でもよく解らない。
他にも安倍政権には、「日本を、取り戻す」「骨太方針」「働き方改革」等々、意味不明のスローガンやキャッチフレーズの類いが溢れている。
そして、こうした言葉について、阿諛追従ばかりの識者、専門家たちは、口をつぐみ、疑問を呈することは全くなかった。
昨年3月、田名角栄の著書『 日本列島改造論 』の復刻版が発売された。
周知のとおり、田中角栄は、衆議院議員(16期)、郵政大臣、大蔵大臣、通商産業大臣、自由民主党総裁、内閣総理大臣を歴任した政治家である。
自民党内最大派閥の田中派を率い、日本列島改造論を計画・実行し、他にも様々な政策を成し遂げたことでも有名であり、今太閤とも呼ばれるなど多大な影響力をもった政治家として知られる。
反面、ロッキード事件という歴史に残る大疑獄を引き起こして逮捕された刑事被告人、日本の政治を裏で操る「闇将軍」とも呼ばれた。
田中角栄は、1933年(昭和8年)、新潟県の二田尋常高等小学校(現:柏崎市立二田小学校)卒業後、16歳で上京。
働きながら中央工学校土木科の夜学に通い、1936年(昭和11年)に卒業。
18歳で建築設計事務所を開設し、1943年(昭和18年)には25歳で土木建築会社のオーナー経営者となり、1級建築士の資格も得ている。
戦後、政治の世界に身を投じ、28歳で衆議院議員に初当選。爾来、39歳で岸内閣の郵政大臣。
43歳で池田内閣の政調会長。44歳で同内閣の大蔵大臣。
次いで佐藤内閣の幹事長および通産大臣を経て、54歳で戦後最年少の内閣総理大臣になっている。
『 日本列島改造論 』は、田中角栄が、自由民主党総裁選挙を翌月に控えた1972年(昭和47年)6月11日に発表した政策綱領であり、それを著したのが同名の著書である。
詳細はさておき、発表から50年以上経た現在でも、色あせることのない内容である。
何よりそこには、国政に携わる政治家としての確たる信条とビジョン、心底からの国民への愛情が感じられる。
そしてそれは、地方・都会を問わず、庶民の心情と生活の実情を知る人間の思いでもあろう。
言うまでもなく、実業において、田中角栄は創業者である。
そして、政治の世界においても、信条、胆力、実行力、そうした圧倒的な人間力で総理の座に上り詰めた人物だ。
一方、安倍、麻生、岸田 … いずれも世襲議員。
名のある政治家一族に組まれ、乳母日傘で育った「お坊ちゃま」である。
この国の行く末や民のことなど、知ったことではない。
「 権力 」の掌握と維持のみが、支配層として生まれ育った彼らの関心事である。
松元ヒロと佐高信の対談『 安倍政権を笑い倒す 』
ー 国会議員は職業? ー 「前自民党総裁・前内閣総理大臣の安倍晋三衆議院議員と行く国会見学ツアー」 に、以下の記述がある。
松元 国会議事堂と自民党の党本部を見学して、その後、子どもたちからの質問に安倍さんが答えるというんです。そういうのに同席するのも面白いなと思って、行ったんですね。安倍さんは私のことをまったく知らない感じでした。
(略)
松元 見学が終わって質問タイムになったら、小学校高学年か中学生かというくらいの年齢の子どもがパッと手をあげて、「安倍さんはどうして国会議員という職業に就いたんですか?」と聞いたんです。そうしたら、なんて答えたと思います?
「それはですね、私の父もこの仕事をやりました。私のおじいさんもこの仕事をやりました。だからこの職に就きました」と言ったんですよ。
佐高 (笑) 聞いた子どもも呆れたんじゃないの。
松元 「これは正真正銘のバカだ」と私が確信した瞬間ですよ。かりそめにも一国の首相を経験した人なんですから、せめてもう少しまともなことを言うかと思っていたんですけどね、ほんとがっかりしました。
佐高 情けないくらいの幼稚さ、底の浅さなんだよね。
松元 相手は未来を担っていく子どもたちですよ。「暮らしやすい国にするため」とか、「世の中をよくしたい」とか、そういう政治家としての志のようなものを、片鱗でもいいから見せてほしいところじゃないですか。
佐高 無理だよ、そんなもの安倍にはないもの。
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<「 ー 『 農協月へ行く 』と観光立国 ー 」はこちら>
<「 隷属者が隷属せざるものを排除する / ふと想起される言葉 vol. 97 」はこちら>
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