ー 『 農協月へ行く 』と観光立国 ー

 

 

この17日、政府観光局(JNTO)は、3月の訪日客数が308万1600人だったと発表した。

 

新型コロナウイルス流行前の2019年3月を11.6%上回り、統計をとり始めた1964年以降、300万人を突破したのは初めて。

 

また、単月で過去最高だった19年7月(299万1189人)を超えたとのこと。

 

これに先立つ1月、観光局は、訪日客の消費が新型コロナウイルス禍前を超え、2023年訪日客の旅行消費額は計5兆2923億円で過去最高だったと発表している。

 

 

こうした報道を目にして、ふと、筒井康隆氏のSF短編小説『 農協月へ行く 』を思い出した。

 

筒井康隆氏と言えば、かつて、ナンセンス、ブラックユーモア、エロ・グロなど全ジャンルを包含した小説家として、一世を風靡したSF小説の巨匠だ。 

 

『 農協月へ行く 』は、1979年初版。

 

傍若無人とも言える振る舞いで、外国の辞書にも載った ” ノーキョー " さん 。

 

「 月行てこましたろか 」。

お一人様六千万円の月旅行に出発した農協のご一行様。

 

観光用宇宙船の中でドンチャン騒ぎ、酒や芸者を強要する土地成金ぶり。

着いた先の月では異星人と最初の接触を取ってしまい、国際問題に発展するが … 

 

 

以下の記述は、その中の一部。不快と感じた方は、読み飛ばして下さい。 

 

 

 

 

 (略)

 

「 さあ皆さん。並んでください。並んでください」 規子は声をはりあげ続けた。すでにその声もなかば枯れてしまっている。けんめいに笑顔を作ろうとするのだが、ややもすると頰がひくひく引き攣ってくる。「 あっ、お爺さん、そっちへ行ってはいけません。お婆さん、こっちですよ。あっ、ここで手洟をかまないでください。さあ皆さん。この部屋が滅菌室です」「ははあ、どこぞへ鍍金するんけ」と、金造がいった。「 かだらのどこぞへ 」女たちが嬉しそうにげらげら笑った。「 消毒をするのです。さあ皆さん。このロッカーに、着てらっしゃるものを全部脱いで入れてください 」

 

 (略)

 

 

「 あら。でも、そのお召物では、どっちみち月へは行けませんのよ 」規子が辛抱強く説得した。「 宇宙服に着換えないと」「このお召のまま月い行たら、どないぞ不都合おますけ」「死んでしまいます。さあ、お爺さん、早くそのレイをとってください」 「姐ちゃん。わいはもう脱いだで」源三がいった。規子が源三を見て、ひっと悲鳴をあげ、眼をそむけた。源三はまる裸だった。彼の巨根が赤黒い亀頭をてらてら光らせて勃起していた。規子のどぎまぎするさまを源三は、うるんだ好色そうな眼で見つめながらにやにや笑っている。

 

全員がはやし立てた。「 よう、源やん。みごとに立たしたのう 」「 お前の息子が、この姐ちゃん好きや好きや言うとるやんけ 」「 源三は、丸ぽちゃの女子が好きやさけえのう 」負けん気を起して他の男たちも陰茎を露出させ、勃起させようと努めはじめた。射精してしまう男もいる。「 やめてください。やめてください 」悲鳴をあげながらながら規子は叫んだ。「 さっき言ったでしょう。あの、こ、ここで手洟をかまないで。皆さん、パンツは脱がないでください。脱がないで。そのまま滅菌しますから 」 「 わいはパンツと違う。褌や 」 女たちがげらげら笑った。「 なあ姐ちゃん 」大造が眼を細め、規子にすり寄った。「 持ちもん全部、ここ置いてくんけ。わい、現金二千万円持っとるんやけど 」 …

 

 

 

 

日本人観光客が海外に行くようになったのは1960年代のことだ。

 

64年に東京五輪が開催されると、日本政府は国民の海外旅行制限を撤廃し、ハワイやアラスカなどのリゾート地が日本人に一番人気のある旅行先になった。

 

しかし、当時の海外旅行は極めて高額で、ハワイ9日間の団体ツアーが36万4千万円もし、当時の国家公務員の初任給の19倍。

 

なので、制限が撤廃されても、64年の出国者数はのべ12万8千人にとどまり、海外土産といえば洋酒、タバコ、高級な香水が中心だった。

 

その後、日本観光振興協会などの業界団体がツアーを組み、サービスを打ち出したおかげで、出国者数は69年にのべ49万人に増加した。

 

初めて外国に出かけた日本人の旅は決して順調ではなかった。日本の風俗習慣や生活習慣が西側諸国と異なるため、文化的な衝突は自然避けられないものだった。

 

欧州を旅行する日本人に最も多く寄せられたのはマナーに関する批判だった。

 

スリッパでホテルの廊下やロビーを歩き回る、だらしない格好でホテルの朝食会場に現れる。日本人にとっては大した問題ではないようなこうした点を、欧州の人々は侮蔑したのである。

 

 

そうしたことが背景にあったにせよ、偏見と過激な表現に満ちた作品。

よくもまあこんな小説が世に出たものだと、今は思う。

 

 

 

 

ところで、インバウンドの成果を誇ったのは故安倍総理だ。

そして、先だって引退を表明した二階元自民党幹事長は、全国旅行業界の会長だ。

 

進む円安で、安い国日本に外国人観光客が押し寄せる。

 

『 観光立国 』…? 違うと思う。

 

潤っているのは、関連業種の経営者・資本家と一部の地域だけ。

 

裕福な外国人観光客にかしづく、低賃金の日本人スタッフか …

 

 

そして今日、「人口戦略会議」は2020~2050年の30年間で、「消滅可能性」のある自治体が全体の40%と発表した。

 

アーパーな総理が声高らかにぶち上げた『 地方創生 』。

この言葉は、いったいどこへ行った。

 

今さらながら切ない …