20年ほど前のこと。
職場のデスクの上に、つねに分厚い国語辞典を置いている先輩がいた。
” 国語辞典ですか … ”
既に、複数の事典・辞書データが収録された電子辞書が世の主流となっていた時代だ。
するとその先輩は、辞書を読むのは楽しい、半ば趣味だと言って、新明解国語辞典の『 恋愛 』のページを開いて見せた。
【新明解国語辞典 第5版 】
< 恋 愛 >
特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合い合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、 まれにかなえられて 歓喜したりする状態に身を置くこと。
腰が抜けそうなほど驚いた。
母は読書好きで、いつも岩波の国語辞典を手元に置いていた。
で私も岩波。就職してからは広辞苑。
仕事で作る文書は、解りやすく、論理的で誤謬がないものが求められた。
言葉に向かう姿勢はそうしたものだった。
国語辞典なんて、だいたい同じようなもんでしょ、そう思っていた。
こんな国語辞典があるのか …
そんな私にとっては、まさに ” 目から鱗が落ちる ” そんな感じだった。
数日後、書店で新明解国語辞典の第6版を買った。
< 恋 愛 >はというと、
特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、 常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、 それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
やっぱり … 何というか …
そしてこの変化、どう考えるべきか …
とにかく面白い。
その後、その先輩のように新明解国語辞典を読むことはない。
が、別の国語辞典『 ベネッセ表現・読解国語辞典 』を買った。
ベネッセは読める。
先ず、文字サイズが大きく、同じ二色刷ながら、図や表が随所に使われ読みやすく、かつ構成の妙がある。もっともお薦めの国語辞典だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
今日、電子辞書も使わない時代になった。
スマホ、タブレット、パソコンで言葉を検索すれば、瞬時に情報が得られる。
が、紙の辞典には、表紙やカバーのデザイン、紙の色や質と手触り、そして、本文の各部 < 柱、ノンブル、字間、行間、段、段間、図版 >の工夫など、IT機器にはない魅力がある。
できればカバンに入れて持ち運びたいが、さすがにそれは無理なので、家の中で、暇々に少しずつメージをめくっている。
ちなみに、そうした国語辞典の違いを面白く記述しているのが『 学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方 』。そして、辞書編纂者としての裏話や思いを綴った『 辞書を編む 』もまた、お薦めの一冊だ。
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