福岡県の甘木・朝倉地方には、神功皇后にまつわる言い伝えや旧跡が数多い。
ー 神功皇后は、神の教えに従って神々を祀り、吉備臣の祖、鴨別(かものわけ)を使わして熊襲を滅ぼし、服従させた。
また、荷持田村(のとりたのふれ)を根城にして暴れ廻る、「羽白熊鷲」(はじろくまわし)は、朝廷の命は聞かず民衆を脅かしてばかりいたので、皇后は兵を差し向けこれを討つ。 ー
日本書紀巻九はこう伝える。
荷持田村(のとりたふれ)に羽白熊鷲という者があり、その人となりは強健で、翼がありよく高く飛ぶことができる。皇命に従わず常に人民を掠めている。
神功皇后は軍勢を率いて御笠川沿いに南下し、砥上岳(朝倉郡筑前町)の南麓に中宿 (本陣)を置いた。以来、この地は中津屋と呼ばれ、本陣跡は中津屋神社として残っている。
その後、松峡宮(まつおのみや 筑前町栗田―栗田八幡宮) まで進み、今日、目配山(めくばりやま)と言われる山で物見をして作戦を立てたと言われる。
筑後川の北側1キロの平野部に、巻貝の河貝子(カワニナ)を集めて城を築き(それでこの附近を蜷城(ひなしろ)という:朝倉市蜷城)、熊鷲の目を引き付け、秋月~下渕の后の森、宮園の森、開屋の森、三府の森、会所の森、宮岡の森、梅園の森の七ヶ所に陣屋を設けて進攻した。しばしば戦闘を繰返しながら、鬼ヶ城山へ追い詰めていく。
皇后の軍勢は、佐田川中流の山間部で矢箟(矢の幹)の材料となる篠竹を刈り取り(それでこの附近を矢ノ竹(やんたけ)という:朝倉市矢野竹)、熊鷲の一味を殲滅する。
熊鷲は山沿いに北方に逃げ、古処山の北東6キロにある益富山(嘉麻市)で討伐された。このほか、寺内ダム付近の荷原(いないばる)あたりで最期を迎えたと伝えるものもある。
皇后は、古処山南麓へ戻り、「熊鷲を討ち取ったので即ち我が心安し」と周りに告げ、ここを安(やす:夜須)と名づけたという。
この『 羽白熊鷲 』を土蜘蛛と考えるか、あるいは熊襲と考えるかは、研究者によって見解が異なる。
土蜘蛛は、上古の日本においてヤマト王権・大王(天皇)に恭順しなかった土豪たちを示す名称である。各地に存在しており、単一の勢力の名ではない。
『 日本書紀 』や各国の風土記などでは「 狼の性、梟の情 」を持ち強暴であり、山野に石窟(いわむろ)・土窟・堡塁を築いて住み、朝命に従わず誅滅される存在として表現されている。
津田左右吉は、各国風土記の土蜘蛛は、熊襲や蝦夷と異なり、集団として扱われるのではなく個人名として登場する点に特徴があると指摘している。
また、瀧音能之は『 肥前国風土記 』の佐嘉郡の土蜘蛛が荒ぶる神を鎮めた例など、九州地方の土蜘蛛に巫や農耕的呪術の特徴が見られることから、これら個人はシャーマニズムを権力の背景とした地域の首長だったと推論している。
熊襲にしろ、土蜘蛛にしろ、あるいは後の磐井にしても、近畿圏で勢力を伸ばしつつあったヤマト王権に対して、頑強に抵抗し続けた集団あるいは首長であったのだろう。
ところで、『 羽白熊鷲 』の呼び名である。
横尾文子教授はこう述べている。
ー 羽白熊鷲は、蔑称ではなく、美称であり、尊称であると思います。
白とか黒とかいうのは、古代でも大切な色であり、魂をあらわす色でもあります。
熊は隈(隅)であると同時に、猛々しい力を持っている意味でもある。
熊鷲は強く祟る神だったかもしれないが、祟られるのは大和朝廷の側で、朝廷にとって熊鷲が逆賊であるのは当たり前のことだ。
私などは土蜘蛛軍団を率いたいと思っているほどに、土蜘蛛を大切にするものです。 ー
たしかに、熊襲(くまそ)や土蜘蛛(つちぐも)のような侮蔑的なものを感じない。
眞鍋大覺は、羽白星(はじろほし)は金星の古名であると。
そして、髪に鷹の羽を挿すのは胡人の飾り方で、胡人の部落を「ふれ」と称したという。
彼らには鷹の羽の髪飾りをする習慣があるのを、日本書紀では「翼を付けて空を飛ぶ」というように神話的に超人化したものと思われると述べている。
ちなみに「胡」は、漢民族が、中国の西部や北部あたりに住む民族を呼ぶ名で、シルクロードの西部から北部あたりとも言われている。
『 羽白熊鷲 』もまた、上古の日本にやってきた渡来人では … ?
そして、ヤマト王権にまつろわぬものとして滅ぼされたのではないだろうか。
ー その人となり、強く、健し(こわし)。また身に翼ありて、よく飛びて高く翔ける。 ー
思い浮かぶのは、飛鳥時代の呪術者、修験道の開祖と言われる役小角(えんのおずぬ)。役小角も空を飛んだという。次に、しばしば輝く鳥としても描かれる天狗。
しかし何と言っても、『 ガッチャマン 』が羽白熊鷲のイメージにぴったり合う。
朝倉市矢野竹(やんたけ)にある『 あまぎ水の文化村』の中に、羽白熊鷲の顕彰碑がある。
久しぶりに行ってみるかな …
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