二十年以上も前のこと。
博多中州のとある店で時々飲んでいた。
いつ行っても、ボックスに二人組の男性客がいる。
二人ともスキンヘッド、いつも赤いベストやピンクのシャツなどの派手な服装。
ある時、そっとホステスに聞いてみた。
” あの二人、その筋の人 ? ”
” 御供所のお坊さん達よ "
" なっ、なに~ !!! あいつら坊主かっ ! "
” お布施で、いつも飲んでやがんのか !”
" シーッ "
ちょうど、津本 陽 氏が織田信長を主人公に、1560年の桶狭間の戦いから1582年の本能寺の変までを描いた小説、『 下天は夢か 』がベストセラーとなった頃だった。
『 下天は夢か 3 』で比叡山焼き討ち命ずる織田信長に、将領から反対の声があがり、
信長を諫めた佐久間信盛に対し、信長は峻烈に言った。
ー あやつどもは魚鳥をくらい女人とたわむれ、沙門の道に背きし売僧(まいす)だで。
天下の政道をあいさまたげ、仏意神慮に背く国賊のたぐいだぎゃ。
いまあやつどもの亡ぶは自業自得。なにをもって赦免いたせと申すでや。 ー
その店には、別の坊さんも来る。
○○寺のお坊さんは誰ちゃんのお客さんで、△△寺は、何子ちゃんのお客さん … ってな具合。
実際、そんな坊さんの一人がテレビ番組に出演し、高尚に語っているのを観たこともある。
彼らは、開店早々からやってきて、ひとしきり飲んで歌うと、サッと出て行く。
そして、次の店に行く。それが彼らの檀家まわりだ。
この手の話は、京都ををはじめ、神社・仏閣で有名な街ではよく聞く話だ。
僧侶、お坊さん、和尚、聖人、上人、大師 、そして売僧か …
こうした方々、近頃はコロナ騒ぎでお布施も減っちゃって大変なんでしょうが、なんと言っても涅槃に生きる方々。
きっと、地域経済を支えるためコロナの感染リスクなどものともせず、檀家まわりに励んでおられるのだろう。
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