「九重山博物誌」は、九重山群の山々や人、いわれや歴史などを紹介した良書だ。
そのなかに、地名に関する記述がある。
ー 地名は文化財だと言われる。それは単に一定の区画された土地を呼ぶための符号ではなく、そこに人々の生活や考え方など、多くのものを秘めているからだ。
そうした目で九重の地名を拾い歩く旅も面白いのではあるまいか。小字を調べてみると。意味も起源も分からない地名がたくさんある。どうしてだろうか、何のいわれあるのかなど。推理を重ねるのもたのしいものだ。ー
数年前、「嘉穂アルプス」という言葉を目にした。
福岡県嘉麻市嘉穂地区と朝倉市郡の境に位置する馬見山、屏山、古処山を嘉穂アルプスと呼んでいるらしい。
子供の頃、古処山や馬見山に登った。
我々の世代は嘉穂アルプスなんて言わない。言うとすれば、古処連峰、古処山系か…
テレビドラマ「リーガル・ハイ」の堺雅人扮する古美門研介の名セリフを思い出した。
古美門
「かつてこの地は、一面に桑畑が広がっていたそうです。どの家でも蚕を飼っていたからだ。それはそれは美しい絹を紡いだそうです。
それを讃えて人々は、いつしかこの地を絹美と呼ぶようになりました。養蚕業が衰退してからは稲作に転じました。日本酒に適した素晴らしい米を作ったそうですが、政府の農地改革によってそれも衰退した。
その後はこれといった産業もなく、過疎化の一途を辿りました。市町村合併を繰り返し、補助金でしのぎました。五年前に化学工場がやってきましたねえ。反対運動をしてみたらお小遣いが貰えた。
多くは農業すら放棄した。ふれあいセンターなどという中身の無い立派な箱物も建ててもらえた。使いもしない光ファイバーも引いてもらえた。ありがたいですねー。
絹美という古臭い名前を捨てたら南モンブラン市というファッショナブルな名前になりました。
なんてナウでヤングでトレンディなんでしょう。
そして今、土を汚され、水を汚され、病に冒され、この土地にも最早住めない可能性だってあるけれど、でも商品券もくれたし、誠意も絆も感じられた。ありがたいことです。
本当によかったよかった。これで土地も水も甦るんでしょう。病気も治るんでしょう。工場は汚染物質を垂れ流し続けるけれど、きっともう問題は起こらないんでしょう。だって絆があるから!」
村人「があああー」 「はなせーてめえなんかーぶっ殺してくれるー」
村人「ジョウジの気持ちはもっともだ」
村人「そうよ、どうしてそんな酷いことが言えるの!あんたは悪魔よ!」
村人「あんたなんかに、俺たちの苦しみがわかってたまるか!俺たちだってあんたの言ったことぐらい嫌というほどわかってる。みんな悔しくて悔しくて仕方ないんだ。だけど、必死に気持ちを押し殺して納得しようとしてるんじゃないか!」
古美門「なぜ?ゴミクズ扱いされているのをわかっているのになぜ納得しようとしてるんです!」
村民「俺たちはもう年寄りなんだよ…」
古美門「年寄りだから何なんですか?」
村民「具合が悪いのにみんな頑張ってきたんだ!」
古美門
「だから何だってんだ! だから労ってほしいんですか?だから慰めてほしいんですか?
だから優しくされたらすぐに嬉しくなってしまうんですか?
先人たちに申し訳ないとは、子々孫々に恥ずかしいと思わないんですか?
何が南モンブランだ。
絹美村は本物のモンブランよりはるかに美しいとどうして思わないんですか! …」
ここで言う架空の「南モンブラン市」は、山梨県の南アルプス市のことなのだろう…
似たようなネーミンが、世界遺産白神山地の中にある大断崖「日本キャニオン」。
これまた、何ともいいようがない…
それにしても、照葉樹やツゲの原生林が広がる古処山系が、なんでアルプスなのだろう。
古処山系の山域は、記紀や古文書などにも度々登場する古代・中世の歴史に彩られた地域だ。
アルプスは、あまりに浅薄すぎないか…
醒めよ人! 舶来盲信の時代は去れり
酔はずや人 吾に国産
至高の美酒 サントリーウ井スキーはあり
1929年(昭和4年)に国産ウイスキー第1号となる製品「白札」(現在のサントリーホワイト)が初めて出荷された時の新聞広告だ。
フィールドは違えど、日本人としての矜持を感じる。
<「西海道古代史の迷路」はこちら>
<「仕事納め『 シングルモルト 余市 』-“ 覚めよ人 ! 舶来盲信の時代は去れり ”-」はこちら>
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