『 零戦 』がブームだそうです。
先月公開された映画「風立ちぬ」(宮崎 駿 監督)の影響とか…。
大きな主翼と軟らかなフォルム。その姿は流麗で優美。
” 零戦 ” を、「ぜろせん」と言う人が大多数ですが、信奉者の多くは「れいせん」の呼び名を好むようです。
太平洋戦争において、海軍戦闘機隊の主力機として戦い続けた『零戦』は、戦艦『 大和 』とともに大日本帝国の象徴的な存在と言えます。
太平洋戦争の初期、アメリカは、航空機後進国のはずの日本が、「零戦」という傑作機を作り上げたことに大変に驚きました。
開戦初期、優秀なパイロットが操る傑作機「零戦」によって、緒戦で手ひどい敗北を喫したアメリカのパイロットたちは、「 零戦 」を ” ゼロファイター” と呼び、恐怖心さえ持つようになったと…。
アメリカの零戦に対する評価は、
- 驚くほど軽量で、かつ諸性能が優秀、さらにバランスがとれている。しかし、発動機は1000馬力程度で、急降下性能が悪く、防御装置が皆無である -
アメリカは、国を挙げて、零戦を圧倒する新鋭機の開発を急ぎます。
そして、完成したのがグラマン社のF6Fヘルキャットです。
F6Fは、2000馬力という強力なエンジンを搭載。
『零戦』に比べ、最高速は10数パーセントも向上し、高高度性能も優れていました。
また、パイロットの防御装置も強化し、さらに、防弾タンクや機体強度を強化しつつ、量産性も高かったのです。
F6Fがはじめて日本の戦線に登場したのは、昭和18年9月、マーカス島に対する米機動部隊の空襲。
落ち目の日本海軍航空隊は、性能、数量、パイロットの技量・練度においてもF6F部隊に太刀打ちできなくなっていました。
太平洋戦争の終わりごろになると、「ヴォートF4Uコルセア」や「ノースアメリカンP-51ムスタング」など、さらに高出力のエンジンを搭載した「零戦」とは時代の違う最新鋭の戦闘機が登場します。
1944年6月のマリアナ沖海戦において、襲来する日本軍航空部隊に対してアメリカ海軍機動部隊が圧倒的な勝利を収めました。
その際、いとも容易く、次々に打ち落とされた「零戦」を揶揄して、” マリアナの七面鳥撃ち ” などという言葉すら生まれているのです。
太平洋戦争に関する書籍を読む中で知ったのは、陸軍、海軍ともに、そのおろかな戦略と戦術。さらに、兵士を人間として全く大切に考えない軍の体質と思想。
” 防御装置が皆無 ”
その最たるものが『 一式陸攻 』。
一式陸上攻撃機(いっしきりくじょうこうげきき)は、太平洋戦争中の大日本帝国海軍の陸上攻撃機。「一式陸攻(いっしきりくこう、りっこう)」とも呼ばれます。
アメリカが付けた渾名(あだな)は、「ワンショットライター」(一発着火ライター)または「フライング・ジッポー」(空飛ぶジッポー)が有名です。
これは翼内に設けられた燃料タンクの容積が大きく、加えて、タンクの防弾装置が極めて貧弱だったことから一発の被弾で炎上する、そのため、このような渾名が付けられたのです。
昭和17年のガダルカナル島の争奪をめぐる戦いでは、F4Fワイルドキャットの攻撃と対空砲火を浴びて瞬時に火だるまとなって墜落した一式陸攻は100機に上り、同時に700名の搭乗員がソロモンの海に散ったのです。
しっかりと防御装置を施す米国機とは、兵士や兵器に対する考え方が全く違うのです。
愛する人たちのために戦った兵士たち、あまたの命をその愚かさで散らせた旧軍上層部。
今の日本は、その御霊の願いに応えているのでしょうか…
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